
「最初の監督がオシムさんでよかった」キャリアの原点にオシムの教え 水野晃樹×間瀬秀一
度重なる怪我に悩まされながらも、20年を超えるプロキャリアを築いた水野晃樹さん。高卒でプロに飛び込んだ水野さんを見出したのはオシム監督でした。まっさらな状態で教えを受け大きく成長した水野さんが見たオシム流の指導を、元通訳・間瀬秀一さんと語ります。
【プロで最初に評価してくれたオシム監督】
間瀬)
今日は改めてオシムさんのことを振り返りたいなと思って。
水野)
そうですね、ジェフに高卒で入って、プロの世界を全く知らなかったからこそ、最初の監督がオシムさんで良かったなって思っていて。
プロの世界に足を踏み入れた瞬間だったから、白紙のところにどんどん影響を与えてもらえました。

水野晃樹さん
JFLいわてグルージャ盛岡 強化部長。2004年ジェフユナイテッド市原(現 市原・千葉)でプロデビューし、オシム監督に見いだされ活躍。海外でもプレーした後、日本に復帰し、計10チーム・21年間プレーして2024年に引退。グルージャのGM職で第二のキャリアを踏み出す。
素直に吸収したい、ついていくためにはどうすればいいって必死にやっている中で、オシムさんが若手主体でいこうという中で、1年目から使ってもらえた。
間瀬)
そうだったね。
俺も選手を引退して通訳になって最初の仕事がオシムさんなんで、指導者を目指す側としても初めての監督がオシムさんってことになるんだよ。
晃樹も俺もそういう意味では最初がオシムさんっていうちょっと変わったタイプの人間かもしれないよね。
水野)
そうですね。
でも、選手になって最初の1~2年間ぐらいは、ほかに素晴らしい選手がいるのに、なんで俺を使ってもらえているんだろうっていう不思議な感覚があって。
秀さん(間瀬秀一さん)に通訳に入ってもらってオシムさんと話した中で、「お前はアイデアが豊富でエレガントだ」みたいに言ってもらえたこともあるけど、自分の中ではそんな感覚は一切なくて。
逆に、俺についてどういう話があったのかって聞いてもいいですか。
間瀬)
オシムさんが晃樹のことを評価していたのは、俺もよく理解できる。
まず、若手を起用する理由って、やっぱり絶対的な運動量とインテンシティ(強度)とかだよね。
そこに加えて晃樹はサイドのエリアでの1対1で勝負できるっていう特徴的な選手だった。
でも晃樹は他の選手と違って、何でもかんでもドリブルで仕掛けるかっていうと、そうではなかった。
自分で1対1を仕掛ける手立てを持ちながらも、仕掛ける場面じゃなければやめたりとか、味方を使ったワンツーを選んだりとか、中の状況を見て精度の高いクロスが上げられたりとか。
そういうプレーがあればこそ、オシムさんが晃樹のことを「アイデアがある」っていうふうに評価していたとは思う。

水野)
そういう判断はオシムさんに言われたっていうのもありますね。
最初は2人とか3人来ても突っ込んでいっちゃう癖があったんです。
でもそれを、「お前のところにこれだけ来てるってことは他の選手がフリーだぞ」ってオシムさんに言われて、少しずつ判断できるようになっていった記憶はあります。
間瀬)
晃樹ってオシムさんのもとで、すごいスピードで成長した選手だったね。
【練習の強度が余裕につながった】
間瀬)
オシムさんの練習ってほかの監督と比べてどう感じた。
水野)
単純に強度はオシムさんの時が一番高かったですね。
多分、この先サッカーはこうなっていくっていうのを見据えていたというか、日本人には俊敏性があって頑張れる特性があるから、それを活かしたサッカーとは何かっていうことを考えて練習をしていたと思います。
なので、まずはシンプルに走る。
それができないと成長がないって自分も感じていたし、当時若かったので誰よりもやらないといけないと思っていました。
間瀬)
そうだな。
水野)
オシムさんの場合、ポジションも流動的で別にセンターバックがフォワードまで行っちゃっていいとか、ボランチが俺(サイド)の後ろ回ってオーバーラップしてもいいしみたいなそういう感じだったじゃないですか。
運動量がないとできないですよね。
あのころのジェフがなぜ上位争いできていたかって言ったら、運動量があるからたとえハーフタイムで2点負けていても、みんな焦らず余裕だったじゃないですか。
後半、相手がバテるなら俺ら走り勝てるし余裕でしょ2点差ぐらい、みたいな。
間瀬)
それ、みんな言うよな。
水野)
強度高い練習でやればやっただけ身についていたと思いますし、後半の残りラスト何分っていう時に踏ん張りがきいたんだと思いますね。
【「勝て」と言わない監督】
間瀬)
オシムさんというと言葉が注目されるんだけど、晃樹が印象に残っている言葉はある?
水野)
プレーに関するものだと、「止まってプレーするのはジダンだけだ」っていうのとか、「お前は常に動き続けろ」とか、「1対1になったら全部仕掛ける」だとか、そういった言葉は印象的ですね。
ただ、練習についていくので必死だった分、あまり覚えていないんですよね。
間瀬)
言葉以上に、人間性とか、人に伝えようとする真剣さとか、勢いとか、そういうことが実は刺さっていたのかもしれないよね。
むちゃくちゃ要求する時は、すごい顔ですごい声を張っていたりする一方で、ふとした時、例えば冬場に練習試合を見ながら、ベンチの後ろ、試合と全然違うところにいる選手に風邪ひくからベンチコート羽織れとかって言ったり。
厳しくて練習も休みがなかったけど、本当に一人ひとりを大切にしてる、絶対に愛情深いってわかるじゃん。
水野)
そうですね。
エピソードでいうと、試合前にいつもホテルでミーティングしてスタジアム入りするんですけど、ある時、作戦を書くホワイトボードが白紙だったんですよね。
「この1週間、今日のために準備してきたから何も話すことない、行くぞ」って、ミーティングがそれだけで終わったことがあります。
間瀬)
うんうん、あったね。
水野)
でも、練習でやってきた場面が、次の試合で本当に起きるんですよね。
これ、練習でやったやつじゃんって。
ほかの監督とは違ったところですね。
間瀬)
うん、それはすごかった。
水野)
あと、一番印象に残っているのがナビスコカップの準決勝ぐらいだったかな。
負けたら終わりっていう状況なのに、「今日の試合、負けていいから」って言い出したの。
何を言ってるんだろうって当時すごく思ったのが今でも記憶の中にあります。

でも、それって選手たちを奮起させるためにあえて言った言葉で、内容で上回れば自然と結果もついてくるっていうのを伝えたかったんだろうなと思います。
それでもカップ戦で「負けていい」っていう監督は初めだったので、すごく印象深い。
間瀬)
確かにそういうこと言ったな。
日本代表の「絶対に負けられない戦い」ってキャッチフレーズがあるじゃん。
水野)
ありますね。
間瀬)
オシムさんって、逆を言うんだよ。
「絶対勝たないといけない試合なんてひとつもない」とかって言ったりするんだよね。
実際、試合前に絶対に勝つぞみたいなこと一度も言ったことがないだろ。
水野)
ないない!
間瀬)
もっと大きく捉えていたんじゃないかなって。
オシムさんは戦争の中を生き抜いた人だから、人の命とか人の幸せを考えた時に、それより大切なことはないわけでさ。
サッカーはあくまで幸せになるための手段じゃん。
そこまで考えて我々に伝えてもらっていたんじゃないかな。
