
【すべて掲載】 佐藤勇人さん・羽生直剛さん・祖母井秀隆さんから 指導者へのアドバイス
2024年5月に実施した指導者向けのクリニックイベントでは、佐藤勇人さんたちが指導者の方々からの質問に回答しました。実践的なアドバイスや、ここだけで語られたオシムさんとの秘話。指導に取り組む皆さん、ぜひ参考にしてください。
※これまで、有料プラン会員限定で公開していましたが、有料プラン終了に伴い、全ユーザー対象で公開いたします。
イベントでは、佐藤勇人さん、羽生直剛さん、祖母井秀隆さん、工藤浩平さん、市原充喜さん、竹田忠嗣さんからアドバイスをいただきました。(それぞれのプロフィールは文末に掲載)
イベント全体のリポートはこちらの記事で→「技術だけでなく人間力を伸ばしたい」 オシムさんからの学びを伝える 指導者向けクリニックを開催
【指導と言葉について】
質問)
子どもたちに対して、どんな言葉選び、コミュニケーションを心掛けたらいいですか?
祖母井さん
「まず、何か答えを教えるような指導は危険だと思います。日本であれ海外であれ、この先どうなるかわからない(社会)です。だからこそ『俺はこういう経験をしたから、こうしろ』というような言い方はしません。そこはとてもデリケートです。まだ少数派なのかもしれないけれど、指導者が子どもと一緒に何かを見つけていくような感覚を身に着けていきたい」
羽生さん
「たしかに、オシムさんって僕らに『こうしろ、ああしろ』っていう言い方は絶対しなかった。オシムさんの中には無限に選択肢があったとしても、いくつかを投げかけて僕らに聞いてくる。『崩し方はいくつかあるけど、お前らで考えろ』って。
祖母井さん
「オシムさんは(クラブハウスで)よく試合映像を見ていたけど、 あのシーンすごかったよなってよく選手に声をかけていた」

勇人さん
「オシムさんってJリーグやヨーロッパのサッカーだけでなく、大学生の試合も見てましたね。いろんなサッカーから学べることがあるということだったんですよね」
祖母井さん
「子どもの試合もよく見ていたよ。今のサッカーの影響はここ(子どもの試合)を見ればわかると考えていたな」
羽生さん
「あと、オシムさんって口調は怖いところがあったけど、いいプレーをしたらどんな選手に対しても『ブラボー』って言ってくれたんですよね」
勇人さん
「オシムさんのブラボーって、選手にとって分かりやすかったですね。それをもらえた時は、これでよかったんだなと感じられる。指導者の方はそんな武器になる言葉を持てたらいいですね」
質問)
サッカーの指導で言葉の使い方に気をつけないと、「ハラスメント」ともいわてしまうリスクがあります。子どもとの関係、保護者との関係で気をつけるポイントがあれば教えてください。
市原さん
「(子どもを指導する中で)保護者との関係でいうと、自分は保護者のことをサポーターだと認識しています。小学生でも選手であって、そのサポーターとして保護者がいるので、そこは一線を引いています」

工藤さん
「自分は2023年まで現役で指導を始めたばかりなので、むしろ(参加者の)皆さんに聞きたいくらいですが。距離は近すぎず遠すぎず、がよいのではないかとは思っています。親を気にしすぎるよりも、子どもがよくなるように指導したいなと思っています」
勇人さん
「もしも、この時代にオシムさんが育成年代の指導者だったらと考えることがあるんです。きっと、教え方は変えないんだけど、保護者の方が「パワハラだ」なんて言わないと思います。一人ひとりをよく見て、愛情があったら、それを選手たちは感じとれるんじゃないかと思います」
羽生さん
「オシムさんの場合、一人ひとりを肯定的に見てくれていました。『ここができない』じゃなくて、『こういういいところがある』って見てくれる。僕は1979年生まれで、いい中盤の選手というと小野伸二さんや、小笠原(満男)さん、遠藤(保仁)さんがいて、彼らは雲の上の存在だと思ってました。けど、オシムさんはそうじゃなくてお前はこういういいところがあると言ってくれるような人でしたね」
祖母井さん
「以前、Jリーグのライバルチームの試合をオシムさんと奥さんのアシマさんと見ていた時、ストライカーの選手が怪我をした。ぼくはラッキーだと思ってしまった。しかし、オシムさんとアシマさんは「大丈夫かな」と話していたんです。僕はこの違いが恥ずかしかった。(日本のサッカーの指導では)どうしても勝ち負けだけを見る、勝てばいいという価値観がある気がします。でも、それだけじゃなくて、体を動かして仲間をつくるとか、スポーツには大事なものがたくさん含まれていますよね」
【練習内容について】
質問)
色んな色のビブスを使うなど選手が混乱するような内容の練習を、オシムさんは混乱をさせたまま、失敗もさせながら続けさていたんですか。例えばいったん止めて整理するような指導もあったのですか。
羽生さん
「全くできてないなって思った時には、ルールをちょっとだけ簡単にするとか、多分選手の様子を見ながら判断して作っていた気がします。例えば、あるメニューをしたあとにジョギングが入ったりするんですよ。きっと、その時に次はどうしようかなみたいなことを考えているんじゃないかと思っていました。ちょっとずつ成功体験を選手に与えられるぐらいの設定をずっと考えていたような印象です」
祖母井さん
「やっぱり観察力ですね。あと、練習は初めの10 分か 15 分くらいはゆるめだったんですよ」
勇人さん
「まず、オシムさん来ないですもん練習開始に。10時スタートなら、10時10分くらいにピッチに降りてきて始まる」

祖母井さん
「あのころ、寮に住んでいる選手も家から来る選手もいた。一人一人違うから、それで初めの15 分はだんだん一緒になりながらやっていこうと、そういう時間を大切にされていた」
質問)
子どもたちが楽しみながら練習に取り組めるようにするために、どんな工夫がありますか。
祖母井さん
「つい相手がいない状態でのトレーニングの比重が大きくなりがちで、我々の今までの指導って(複雑なところから)ブレをなくそうとするものでした。でも、サッカーも我々が生きている社会も実際は複雑ですよね。やりたいプレーも限定される、試合という複雑な状況の中では、実はブレるからこそ対応できるんですよ。答えを与えないで、指示をしないでいかに子どもたちに伝えていくのか。自分も今子どもたちを見てるのですが、そういう環境を作りたい」
【プロ選手になるまでの環境について】
質問)
皆さんは、ご自身が子どものころを振り返って、どんな気持ちを持ってプロにまでなれたんですか。
勇人さん
「僕が小学6年生の時にJリーグが開幕しました。(双子の弟の)寿人と一緒にサッカーをしていましたが、開幕の光景を見て『絶対にJリーガーになる』と思いました。 けど、地元の中学で部活に入って、1年生の間はボールに触れないというような環境じゃプロになれないと思いました。そこで親が探してくれたのが育成に力を入れていたジェフでした。その時の育成部長が祖母井さんですけど、そこがスタートですね。親は僕らを後押ししてくれて、家族ごと千葉に引っ越してもくれました。環境は大事だと思っていて、親が応援してくれたのも大きかったですね」
羽生さん
「僕は全然違うやり方で、一人で公園に行って、一人で練習メニューを考えていました。右足のドリブルだけじゃなくて、左足でもやってみようとか。 高校は八千代高校を選びましたが、どこにいっても自分しだいだと思っていました。以前、僕は子どものころ『負けず嫌いだった』と親に言われました。遊びのゲームでも負けると落ち込む子どもだったと。メンタリティとしては、悔しさを持つというのは大事だと思います。 」

祖母井さん
「僕は勇人が(育成年代に)いた時、休みをいっぱいあげた。今は逆ですよね。 休みの時間って、自分で何かを感じてやることが大事。すべてプログラム化された中に(選手が)入れられて、ロボットのように従わされるのに違和感があったんです。 環境をつくってあげるのは大事」
勇人さん
「覚えてます。 僕らの個性を尊重してくれたなって思います。こういうルールがあるから、こうでないといけないということはなかった。 正直、当時のジェフアカデミーにはやんちゃな選手が多かったけど、いっぱいプロになって、みんな長くプレーしてますね」
祖母井さん
「工藤なんて小学校の時に天才と言われて、そこから伸びてないから(笑)。神様の授かりというか、ほんとに上手かった」
工藤さん
「いえいえ(笑)。僕は運良くジェフのアカデミーに受かって、どのカテゴリーでも楽しめていたので、楽しめれば上手くなるんじゃないかと思います。子どもたちをよく見ながら、そういう環境を提供したいなと思っています」
市原さん
「自分はユースでもなく、エリートではありません。環境も決して良くはなかったし、チームも強豪じゃなく、小学生の時は選抜にも入っていません。でも、中学校3年生くらいの時、たまたま選抜でいっぱいうまい人がいる中で優秀選手になることができて、それでもっともっとやりたいって思うようになりました」
竹田さん
「私もアカデミー出身で、勇人さん、工藤さんの後輩になります。当時うばさん(祖母井さん)が育成部長で、学校の成績をクラブに出さなくてはいけなくて、成績悪いと監督室で勉強させられたのを覚えてますね」
工藤さん
「僕は何回も勉強をさせられました(笑)」

勇人さん
「先日、スペインのサッカークラブの育成を見てきましたが、面白かったのは『トップに上がれる選手よりも上がれない選手が大事』と言っていたことです。レアル・ソシエダもレアル・マドリードも見たけど、クラブハウスの中に教室があって、勉強を教える先生もいましたね。 社会に出るんだから、勉強して人間性を磨かなければいけないと話していました。あと、スペインでは夏休みとか長い休みには練習も休みにするそうです。その期間にスポーツ以外の、友達と遊ぶといった経験を通してサッカーも成長するとも言っていました」
質問)
チームの中にも選手や子どもたちそれぞれの価値観があると思いますが、ひとつの方向に持っていくにはどうしたらよいですか。
勇人さん
「きっとひとつの方向に持っていかなくていいんじゃないかと思います。オシムさんってそういう接し方をしていなかった。ふだんのトレーニングから重ねていた中で、自然とオシムさんが求めるような方向に近づいたんだと思います」
羽生さん
「僕らはプロのクラブだから勝つという目的があって、それに向かっていくという意味では分かりやすかったです。ただ、一般の社会だと、いわゆるミッションやビジョンみたいなものがないと難しいこともあると思います。認識は揃えられるといいと思います」
祖母井さん
「プロと青少年ではそもそも違うから区別していかないといけない。方向性を揃えることは大事だけど、子どものうちにそれをするのは危険だとも思う。ある大人一人の考え方に同調してしまうかもしれない。いちばん大事なのは人生であって、スポーツを通して人生を学んでいる。そこを大人が勘違いしていないかというのは気になります」
【日本サッカーの日本化】
質問)※MCから
プロジェクトで掲げている「日本サッカーの日本化」とは、それぞれにとってどのようなものですか?
勇人さん
「答えはないですね。それぞれが考えて、それが正解なのかと思います。考えることをやめたら成長がなくなります。まず指導者自身が日本らしいサッカーってなんだろうと、日頃から考えて指導していくといいし。そのうえで、子どもの考え方を尊重するのも大事だと思います」
羽生さん
「例えばブラジルやスペインを真似るのではなくて、日本らしくプレーすることを大事にしたいと思っています。どう指導するかは、その人らしくやればいいという話だと思いますし、同時に向き合っている子どもたちの個性を見極めてあげて、観察してあげて、強みを掛け合わせるアイデアがあることも大事です。オシムさんは『ちょっと走るの遅いけどボール奪取能力があるな』とか、個性を全部掛け合わせて勝っていけるアイデアがある人でした」
祖母井さん
「少し違う視点からお話します。世代も違うみんなが考えられるような、そもそも日本ってどういう国なのかな、どこに向かっていくのかなとサッカーを通して話していける環境づくりを描きたいです。それは一生かかっても答えは出ないけど、日本とは、日本人とはを考える。それをする、今は大事な時期です」
質問)※MC
本日、指導にあたったメンバーからメッセージをお願いします。
竹田さん
「僕は 18 歳の時にプロに入って最初の監督がオシムさんだったので、かなりインパクトが強かったです。プロの世界に入ったというい戸惑いと練習内容への戸惑いでかなり苦しかったんですけど、そのおかげで 17 年間プロの世界でやれたと思っています。例えば、パスを出す次の次の人の動きも認知した上でパススピードとかを決めるっていうのは実社会でも当たり前です。私も今、指導者としてオシムさんから教わったことも教えたいと思っていますし、皆さんと一緒にチャレンジしていきたいと思っています」

市原さん
「自分も子どもたち教えていますが、オシムさんに教わったことをどんどん広げていきたいという思いで日々工夫しながら、子どもたちがやったことがまたヒントになって、それをトレーニングに取り入れたりしています。自分も(イベントに参加された)指導者の皆さんと一緒に頑張っていきたいと思います」
工藤さん
「自分は今年から小学生を指導していて、子どもたちに落とし込むには時間がかかったりしますけど。選手たちがもっと考えられる、アイデアを出していけるようになってもらいたいし、自分も負けじとアイデアを持てる指導者になりたいと思っています。今後もサッカーファミリーとして頑張っていきましょう」
祖母井さん
「僕はオシムさんと別れる時に、『お前は子どもの面倒を見ろよ』と言われたし、基本的に子どもたち=日本の将来だと思っています。でも、今の日本はちょっとおかしいと思っています。日本では子どもたちみんなが試合に出られれないのが、当たり前になってしまっている。30年間変わっていないこの状況を大人の皆さんはもっと疑ってほしい。子どもたちは宝です。ワールドカップの優勝を目指す前にそれを考えたいなと思います」
羽生さん
「僕もオシムさんに出会って人生を変えてもらったというか、生きる上でサッカーも人生も一緒だとずっと言われて、生き方すら教わったなと思います。サッカーって難しいんで、だいたいプレーはミスで終わりますし、得点につながることもほとんどないスポーツです。だからこそ、人生と一緒なのかなと感じています」

「オシムさんは僕らにめちゃくちゃ根気強く教えてくれたんだなと思ってます。日本代表クラスの選手が何人もいるチームじゃなかったんで、どうやって今いる選手を成長させて、どうやってチームを勝たせるかってすごい考えてくれたと思うんです。それに挑んだことはすごいことです。なので、JAPANIZE FOOTBALLのような会を通して、少しでもそういう指導者の方が増えるように、またブラッシュアップして機会を設けていきたいと思います」
勇人さん
「オシムさんが亡くなる最後に話したのは実は僕なんです。オンラインで話をさせていただきましたが、オシムさんは僕に『勝つことは大事だけど、もっと大事なことがある。それは地域と育成だ』と強烈なメッセージを残してくださいました。指導者の皆さんは今いろんな地域でクラブの指導者や学校の先生をされていると思いますが、僕もジェフというチームの一員として、何のために地域にクラブや学校があるのか考えながら日々子どもたちと接しています。もちろん目の前の勝利は大事ですけど、存在意義を考えることがすごく大事だと思っています」

「またこういう機会を作って、集まって、またその日本サッカーのことを皆さんと話す場を設けることができたらいいなと思っています。みんなそれぞれ、日本サッカーのためにできることがあると思います」
<イベントで回答いただいた皆さんのプロフィール>
佐藤勇人さん
JAPANIZE FOOTBALL 発起人/ジェフユナイテッド千葉・市原 CUO
ジェフの下部組織出身でジェフや京都サンガF.C.でプレー。2000年にプロ契約をするとオシムさんに見出され主力として活躍し、ジェフでクラブとして初のタイトルを獲得。通算546試合に出場。
羽生直剛さん
JAPANIZE FOOTBALL アンバサダー/Ambition22 代表
ジェフやFC東京などでプレー。オシムさんのもとで「水を運ぶ人」と評される動きで、所属クラブや日本代表の中盤で活躍。引退後、FC東京のスカウトを経て、自身が代表を務める会社Ambition22を設立。
祖母井秀隆さん
淑徳大学サッカー部GM
ジェフで育成部長、GMを務め、ヨーロッパで活動した経験を活かし、オシムさんを日本に招聘。その後、フランスリーグのグルノーブルや京都サンガでGMを務める。現在は大学での指導のほか、小学生世代の育成にも携わる。
工藤浩平さん
ジェフユナイテッド市原・千葉 アカデミー コーチ
ジェフのジュニアユース、ユース出身で、オシムさんのもとでプレー。京都サンガF.C.やサンフレッチェ広島などでプレーし、2023年栃木シティで引退。現在は小学生の年代への指導を担当。
市原充喜さん
ジェフユナイテッド市原・千葉 アカデミー スカウト
高校を卒業後、ジェフでオシムさんのもとでプレー。海外のチームでのプレーも経験し2012年に引退した後、自身がディレクターを務めるチームなどで継続的に子どもたちの指導・育成に携わり、ジェフでは育成年代のスカウトを担当。
竹田忠嗣さん
サッカー解説者/コンサルティング会社勤務
ジェフのジュニアユース、ユース出身。ジェフのトップチームでの出場は叶わなかったが、その後ファジアーノ岡山やFC岐阜で17年間プロとしてプレー。現在は会社に勤めながら、社会人サッカーチームの監督も務める。
