
「選手たちの成長が喜びに」オシムさんに学んだ指導論とチームマネジメント 中島浩司×間瀬秀一
現在は主に解説者としてサッカーと関わる傍ら、大学などで若い世代を指導する機会も持つ中島浩司さん。選手たちの成長こそが喜びだと話します。「選手の世界観を広げたい」という中島さんの指導論とチームマネジメント。プロの指導者、間瀬秀一さんとの対談です。
【選手たちの世界を広げたい】
間瀬)
今、広島の大学で指導をしているんだっけ?
中島)
そうですね、広島修道大学というところで指導のサポートをしています。
間瀬)
その指導の中でオシムさんから受けた薫陶が役立っているということはある?
中島)
その大学はそこまでスポーツに力を入れているわけではないし、全員がプロを目指してるわけではないです。
サッカーでさらに上を目指すために入っている子はほとんどいないので、上に引き上げたいっていうより、「サッカーをやっていてよかった」なっていう形にしてあげたい。
それこそ、僕がオシムさんにしてもらったように、選手たちの世界観を広げてあげたいなって思っています。

中島浩司さん
ベアフット役員、サッカー解説者。ベガルタ仙台でプレー後、オシム監督が就任した2003年にジェフユナイテッド市原(現 市原・千葉)に移籍。中盤に加えてリベロなど幅広いポジションで活躍し、2009年から所属したサンフレッチェ広島ではリーグ制覇にも貢献し、2013年に現役を引退。現在は広島を拠点に活動。
中島)
多分、自分だけの世界で生きていると、今まで出会った人、コーチとか監督とか、親もそうでしょうけれど、その中で常識って作られていくと思います。
でも、新たな出会いで世界が変わったり、広がったり、やっててよかったなっていうことがあると思うので、卒業してもどこかでサッカー続けたいって思う子を少しでも増やしたいと意識しています。
間瀬)
なるほどね。
たしかに、実際にオシムさんの薫陶を受けた我々も何かしらサッカーに携わり続けていたり、サッカーから離れたとしても、哲学というか感覚を持って生きている感じがするもんね。
中島)
はい。オシムさんみたいなキャラクターにはなれないですけど、人生観を変えてもらって、喜びを与えてもらいましたし、やっぱり愛情を持って接してもらったっていうのがある気がします。
なので、選手に対して自分のやってほしいことを押し付けるっていうよりは、それぞれにあったアプローチをしていきたいです。
はみ出してもいいから、今までの常識から変わって、「そんなことやっても良かったんだ」っていうような気づきを与えてあげたいなって。
間瀬)
どんなふうに教えているの?
中島)
とにかく頑張れば大丈夫、みたいなサッカーをやってきてきた子も多いんですけど、指導するときには「ボールを持ったら一生懸命やっちゃダメだよ」って言うようにはしていますね。
ボールを持ったらどれだけそこで脱力できるか。
ボールを失わないために力を抜いてやりましょうみたいなことを言うと、「今までそんなこと言われたことなかったです」って驚かれますけど。
間瀬)
そりゃ、そうだよな。
中島)
もちろん、ゆるいだけじゃダメで、厳しい中にアイデアがあるっていうのもオシムさんから教えてもらってきていることなので。
ただの脱力じゃなく、チームとして約束があってしっかり頑張るけど、その枠にとらわれないで、それを抜け出せる考え方みたいなことにアプローチできるようにしています。
教えている大学生の中ですごく頑張れる子なんですけど、一生懸命にやりすぎてボールを失う選手がいたんです。
その回数を減らしてあげたくて、ボール持った時は脱力して、全部トップスピードでやっていたらロストにつながるよっていう話をしたんです。

最初は「そんなこと言われると気持ちが削がれるので、そういう声がけしないでください」みたいな感じだったんですけど、それでもしつこく言ってたら、ある時、急に楽になったみたいで、ボールロストも減ってうまくなった。
「サッカーは大学でやめようと思っていたんですけど、やってよかったです」って言ってくれて、そのあと就職したのに2年ぐらいでやめて、今はサッカーで海外挑戦しています。
「サッカー楽しくなったんで、浩司さん責任取ってくださいよ」って言われましたよ。
間瀬)
それは最高じゃないか!
【息子たちへ伝えた理想】
間瀬)
息子さんもサッカーやってるじゃん。
長男(中島永弥選手)が海外でプレーしていて、次男(中島洋太朗)もサンフレッチェで最年少のプロ契約をしたって。(※中島永弥選手は、2026年7月にロアッソ熊本と契約)
自分の子どもたちにはどんなふうにサッカーを伝えているの?
中島)
サッカーの話はふつうにしていましたし、時間があったらサッカーだけじゃなくていろんな遊び、ふつうに外遊びとかいろいろやってましたよ。
サッカーに関しては、小学生くらいのころは「熱い気持ちを持ちながら頭はクリアにして、どれだけ多くの発想を持ってできるかだ」みたいなことは言ってましたね。
勝負がかかったところでも、どれだけ変化をつくるか、相手を欺くようなプレーが出せるか。
間瀬)
なるほどな。
中島)
中学生くらいになって、本当にプロを目指すかというころになってきたら、その選手を見に来たくなるような、ワクワクするような、お金と時間を割いて来てくれるファンが価値を感じてくれるようなプレーをして、それを結果につなげないといけないと伝えていました。
だから、大事な試合でも、結果だけじゃなくてみんなが見て喜ぶようなプレーをすること。
僕の子どもなので、めちゃくちゃ足が速いとか身体能力に任せてプレーする感じでもなかったので、僕の考える理想像みたいなものを小さい時から伝えていました。
間瀬)
それもオシムさんっぽいよね。見に来てくれる人を大切にしろと。
中島)
お金とか時間とか、いろんなものを割いてみんなサッカーを見に来てくれているので。
勝ち負けもプロだから大事ですけど、それだけじゃない価値のあるプレーヤーになってほしいなっていう理想はあります。
間瀬)
その理想に向けて、息子さんが今、力を発揮しているんだね。
中島)
僕の現役時代より、全然ボール失わないですね、本当に。それはすごい。
間瀬)
世代別の代表レベルだもんね。
中島)
言えば言うほど吸収も早いですね。
息子たち自身がサッカーにのめり込んでいく中で、自分はサポートみたいな感じなんですよ。
決して押し付けているわけではなくて、やったプレーを認めたうえで、「でもこういうやり方もあったかもね」って、引き出しを増やすようなアプローチを心掛けていました
間瀬)
オシムさんっぽいね。
中島)
息子たちもオシムチルドレンって言っても、過言じゃないかもしれませんね(笑)
【選手の成長が喜び】
間瀬)
今、教える立場にもなる中で、オシムさんのチームマネジメントについて感じることはある?
中島)
純粋にチームのことを考えられる人間を選んでいたのかなって思います。
年齢とか関係なく、ベテランであっても身を削れる人を置いていた印象で、逆に自分の成功に駆られる感じが見えてくるとメンバーから外していた気がします。
あと、勝負にこだわる人間を集められるかっていうところも重要かもしれないですね。
練習ひとつとっても、どうやったら自分がその練習の中でうまくやって勝てるかとか、 方法はいろいろあるはずで、時にはずるいやつも必要でしょうし、全然動いてなくても決めるところだけ決めるやつがいたりとか。
自分なりの勝つ方法を実行できる人間がいっぱいいたら、強いチームになるのかなって思いますね。
間瀬)
たしかにそうだね。
ここ数年は地域リーグとかJFLでプロではない立場の人たちにサッカー指導している。
めちゃくちゃ学びが多いし、めちゃくちゃ成長させてもらってる感じはするんだよね。

中島)
ですよね。どこのカテゴリーでもチームが良くなったり、選手が伸びたりしたら、なんか喜びって一緒ですよね。
間瀬)
間違いない。
オシムさんがジェフに来た時、すでに60歳を超えて世界的な名将だった。
けど結果を一番に求めていなくて、絶対に幸せとか成長とかっていうことを勝利につなげるっていう人だった。
「絶対勝つぞ」なんて訳したことがなくて、むしろ「絶対勝たなければいけない試合なんてない」みたいな言葉を訳した記憶があるくらい。
中島)
勝たなければいけない試合はない…なるほど。
そういう意識は選手に伝わっていましたよね、だから勝つことだけに執着しすぎていなかったと思います。
あと、相手チームにもすごいリスペクトありましたよね。
本当に相手が良かったら相手のいいところもほめて、自分たちが試合に勝ったとしても、相手の方が勝つべきだったみたいなことを言ったりするじゃないですか。
間瀬)
うんうん。もう勝ち負け関係なく。
中島)
オシムさんとしては率いてる側だけが完璧に良くてっていうよりは、相手チームも良くて、お互いいいものを出し合って、ぶつかりあえたらベストみたいな。
間瀬)
本当にそうだね。
器が大きい。
【日本サッカーはすべて取り入れたらいい】
間瀬)
このJAPANIZE FOOTBALLという活動は、オシムさんが日本代表の監督に就任した時に話した「日本サッカーを日本化する」という言葉からとっている。
浩司は「日本サッカーを日本化する」とか、日本サッカーを引き上げていくのに、どんなことが大事だと感じる?
中島)
日本化っていうか、日本人って多分マネするのがうまいですよね。
だから僕としては、絶対的に何かに突き進むっていうよりは、いろんなものをとにかく取り入れて、何でもできるみたいなところが魅力かなと思っています。
フィジカルが足りないって言われてきましたけど、そこすらも上がってきていますし。
アイデア、戦術のところも、もう取り入れられるものは全部取り入れたらいいんじゃないかって思います。
間瀬)
たしかに、色んなものを取り入れ続けてきたのかもしれない。
日本代表はオシムさんの後もいろいろな監督に引き継がれ、今、森保さんという日本人が日本代表監督になって結果を出しているよね。
多くの物を結集したのかもしれないね。
中島)
そうですね。どことやってももう全然歯が立たないなんてことはないと思います。
間瀬)
Jリーグってできてまだ30年ちょっとで、日本サッカーは猛スピードでこのレベルまで来たと思うんだけど、オシムさんの存在が加速させたようにも思うんだ。
中島)
それは本当にそうだと思います。
オシムさんのころにプレーした人たちが今、指導者側に回っていることも多いですし。
「日本サッカーの日本化」みたいなフレーズだったり、オシムさんのアプローチを通して、
プレーヤーだけじゃなくて、応援している人たちも世界が変わるんじゃないかっていう期待を持ったと思います。
間瀬)
一貫して伝えてくれたのは「お前たち日本人でもできるよ」っていうことだと感じている。
中島)
勇気と愛をもらったんですよね。
間瀬)
オシムさんは接する人、会う人、みんなを成長させる人だった。
浩司の話も聞いて懐かしく思ったけど、我々が一番感じていたのはやっぱり愛情だよね。
中島)
本当にそうです。

僕の勝手な想像ですけど、オシムさんは自分の成功は考えていなくて、関わった人たちの成功を助けることに喜びを感じていたのかなって思うんです。
間瀬)
一人ひとりの幸せとか成功って、当然それぞれ違うわけだよね。
そこを気づいて認めてくれるっていうところが大きかったなって思う。
最後に、「日本サッカーの日本化」を一言でいうなら、浩司だったらどうだろう?
中島)
一言で…うん、遊園地!
多様性というか、遊園地みたいになってほしいなって思っています。
いろんな乗り物があって、いろんな食べ物もあって、そこに行ったら、そこ行けるって聞いたらワクワク楽しくなるみたいな 。
間瀬)
その発想はすごい嬉しいな。
いろんな要素を取り入れた結果なんだね。
