「もっと上を見ろ、空は果てしない」 オシムさんに背中を押されて起業した ―羽生直剛
ジェフ千葉やFC東京で活躍した羽生直剛さんは現役引退後、自らの会社を起こす道を選びました。「もっと上を見ろ」と背中を押してくれたオシムさんのように、関わる人を成長させたい。羽生さんがビジネスの世界でも伝えたい、サッカーで学んだ「野心」とは。
【サッカーと人生は同じ】
ーオシムさんからサッカー以外でも学んだことはありますか。
僕はむしろサッカー以外で学んだことのほうが大きかったです。
オシムさんって「サッカーと人生は同じだ」って言うんですよ。最初はなんで人生を語ってるんだって思っちゃいましたよ、正直。
でも、指導の中で「誰かがリスクを冒す勇気を持たないとゴールは生まれないんだ。それはサッカーでも人生でも同じなんだ」って、ずっとそういう話をするんです。
ほかにも「野心を持ちなさい、なんで中間順位で満足しているんだ。もっと上に行こうと思わないのか?」と。「ストレスがない中間順位は楽だけど、それは豊かな人生とは言えないだろう?サッカーも人生も同じだ」と言われました。
そういうふうに言っている人が、実際に結果を出させてくれて、チームは優勝争いしてタイトルも獲った。
すると、徐々にそういうふうに生きていくことって大事なのかもって思うようになったし、今もそういうふうに野心を持って生きようと思うのはオシムさんから強く教わったことです。
オシムさんと一緒にやってきたことすべてが僕の人生の糧になっています。
【チケット代にふさわしいか?】
ーオシムさんからもらったことばで、特に大切にしているものはありますか。
「今日のプレーはチケット代にふさわしかったか?」ということばです。どれだけ僕がいいプレーをしたと思っていても、それを評価するのは周りの人だということですね。
例えば、パスを受けてちょんと浮かして相手を抜いたりすると、「前に行けるのに、なんでわざわざかっこつけたプレーで抜いたんだ?明確にチャンスを逃している」と激しく怒られます。「そういうサーカスみたいなことをファンは見に来ているわけじゃない。お前のプレーはチケット代にふさわしかったのか?」と言われるんです。
僕はジェフからFC東京に3年契約で移籍したのですが、その3年後にチームがJ2に落ちてしまいました。給料は一気に3分の1に減って、前の年の年俸の分の税金もすごいし、その年はいつも通帳を見ていました。
3年間僕は頑張ったつもりだけど、それがふさわしいものだったか決めるのはクラブだと、その時にも改めてオシムさんのことばを思い知らされました。
ー評価は人が決めるということなんですね。
今、起業して仕事をしていますが、「チケット代」以上の仕事を目指すと決めています。
サッカー選手は1年間プレーして、その1年分の評価と次の年への期待度で年俸が決まるんですが、今でもサッカー選手っぽく働きたいと思っています。1年働いてどうだったか、すごく貢献できているなら翌年は条件を上げてもらえればうれしいです。
得られる評価を高めていく努力をずっとしていきたいし、引退したここからの人生を右肩上がりにしていくってそういうことかなと捉えています。
【もっと上を見ろ、空は果てしない】
ー羽生さんはサッカー指導者ではなく、ビジネスの世界に進まれたんですよね。
はい。引退してオシムさんに一人で会いに行ったんですけど、「なんでサッカーの指導者やらないんだ」って言われたので、「オシムさんと同じ領域じゃ勝てる気がしないから」って言ったら鼻で笑われちゃいました。
けど、会社つくってこういうことをやりたいんだって伝えたら、「もっと上を見ろ、空は果てしない」って言われたんです。
オシムさんって人生全体を捉えているからこそ、サッカー選手としてのキャリアが終わっても、「もっと上に行け、上を目指せ」と言ってくれた気がするんです。とても大事にしていることばです。
ー今は会社を立ち上げられていますが、どんなことをしているのですか。
いろんなことをやっているので説明しづらいんですけど、関わる人や企業の挑戦を形にしたい、オシムさんの真似をしたいんです。僕がそうだったように、オシムさんがいたおかげで目標に届く人がたくさんいました。
アスリートのセカンドキャリアのために選手の受け皿になって、彼ら彼女らに僕が「スポーツで教わったことにすべて詰まっているから、もっと上を見て大丈夫」と伝えて、次のキャリアでも活躍させてあげたいんです。
ーオシムさんのようにアスリートや地域の人たちを支援したいんですね。
僕は身長も低いし、「お前なんかプロに行っても3年で終わるよ」と言われたけど、オシムさんだけは「なんでそんなことで満足しているんだ」と、どんどん背中を押してくれた。もちろん、そこから成功するためには最高の努力が必要だけど、背中を押してくれた。
オシム監督の時のジェフって大きいけど技術が少し足りていないとか、走れるけどフィジカルが少し弱いという選手も多くいたのですが、それぞれの強みにフォーカスして、強みを掛け合わせたチームだったと思っています。
そういうチームづくりって社会の中でも通じるのかということも試したくて、企業の研修やチームビルディングでも役立ててみたいです。「俺なんて・・・」と思っている人の強みを理解してあげて「大丈夫、もっとやれる」と、オシムさんのようにいい影響を与える人になりたいですね。
もちろん大変なことはいっぱいあるけど、僕と関わることで、ポジティブに生きていく人がちょっとでも増えてくれたら、オシムさんに少しだけ近づけるかなって思っています。
【オシムさんに教わった僕らだからできること】
ーオシムさんに今伝えたいことがもしもあれば、教えてください。
何を言っても受け入れてもらえなさそうなんで、特にないですけど笑。
もし伝えるなら、「野心を持って、チャレンジし続けていますよ」なのかな。
以前会いに行った時、僕は現役を引退してスカウトをやっていたのですが、これは本当に自分ができる最高のチャンレンジなのかってどこかで思いながらオシムさんのもとに向かって、そこで「もっと上を見ろ」と言われました。
残念ながら亡くなってしまいましたが、いつでも会いに行けばそこにいてくれて、「俺、今こういうチャレンジしてるよ」って言い続けたかったですね。
「あなたから教えてもらったとおり、こうやって豊かな人生を歩もうとしている」って報告したいですね。
ーオシムさんは羽生さんにとって恩師なんですね。
僕はだれにでも恩師というか、真似したいって思える人がいると思ってたいんですけど、必ずしもそうじゃないんですね。自分はすごく幸せだなと思うし、オシムさんの素晴らしさとか、伝えてくれたことを表現をするためには自分はどうしたらいいかと考えます。
僕がセカンドキャリアとして社会の中で活躍できれば、オシムさんの教えはサッカーに対しても人生に対しても意味があったんだって伝えられる。
オシムさんに教わった僕らだからできることをやってみたい。
ーどこかでオシムさんを超えたいという思いもあったりするのですか。
超えるところまでは・・・近づきたい、ああいう人になりたいというのは明確にあります。
サッカーも人生も一緒と言っていた人だったから、じゃあサッカーもビジネスも一緒なのかなと思って、サッカー以外でも僕がいいチーム作ってみたい。はたから見たら「別に」って思われている人材でも「大丈夫、もっと上を見ろ」ってチャレンジさせてあげたい。
サッカー選手を引退して次のキャリアでも明確に何かを社会に返すことができた時、オシムさんの言っていることが本当だったと証明できるんだと思います。